「女子中高生夏の学校2019〜科学・技術・人との出会い〜」

2005年以来、多くの学協会が支援してきた上記イベント(愛称:夏学)が、今年も8月9日から8月11日まで、独立行政法人・国立女性教育会館(NWEC)にて開催された。今年からは、NPO法人・女子中高生理工系キャリアパスプロジェクトとNWECが主催となり、長年に亘り本事業を助成してきた国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)と、内閣府、文部科学省、日本学術会議、経団連、他8つの団体が後援となった(詳細は以下のURLを参照)。
http://natsugaku.jp/category/夏学2019/

 女子中高生100名以上(今年は103名)、学協会・企業からの出展者、運営スタッフを合算すると、総勢200名以上が参加する本イベントに、日本農芸化学会が出展するのは今年で4回目となる。4年連続で参加する筆者(恩田真紀,大阪府立大学)が現地に到着すると、多くの運営スタッフや他の学協会員から「今年はどんな演示をされるんですか?」等と声をかけて頂き、農芸化学の認知度が増していることが感じられた。

そして、その感覚が実感となったのが、メインの出展(演示実験)の前夜に行われた“研究者・技術者とのキャリア・進学懇談会”というプログラムであった。ラウンジに、10名程度が着席できる大きなテーブルが7台用意され、各々に「医学・薬学」「建築・土木・環境」等の進路を示す卓上札が置かれていたが、その内の1台が、なんと「農学」単独になっていた。
夏学に参加する40の学協会のうち、ダイレクトに「農学」に関わるのは、日本農芸化学会のみである。近年、大学で農学系学部の新設が相次ぎ、農学系を志望する女子の増加が目覚ましいものの、殊、夏学においては、まだまだ農学・農芸化学の魅力が認知されていない印象が昨年までは確かにあった。しかし、今年は注目が一気に高まったようで、筆者が「農学」のテーブルに着くと、あっという間に女子中高生で座席が埋まっていった。着席してじっくり対話できる本プログラムでは、学会事務局から提供頂いた中高生向けの日本農芸化学会パンフレットやジュニア農芸化学会のチラシ等の資料が、説明の際に大きな助けとなった。生徒達は皆興味津々でこれらの資料を見開き、和文誌クリアファイルと共に持ち帰って行った。

翌日のメイン・プログラム、“サイエンスアドベンチャーⅡ「研究者・技術者と話そう」”では、昨年よりも3団体多い45の学協会・企業が出展した。日本農芸化学会からは筆者と、生徒たちに近い世代のロールモデルである杉本千晶(日本大学 生物資源科学研究科 博士前期課程)が参加し、酵素や微生物の演示を交えながら農芸化学の魅力を具体的に伝えた。

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サイエンスアドベンチャーⅡにて、生徒達に説明をする杉本氏

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趣向を凝らした各ブースの演示を、熱心に見聞きする生徒達

このプログラムでは、生徒だけでなく、生徒の同伴者(保護者・教員)も出展ブースを訪れる。中高生にとって、保護者や教員からのアドバイスは進路を決定する重要な要素の1つであり、JSTの理系進路選択支援事業においても、保護者・教員への働きかけを重視している。
出展の中盤、ある保護者から、「娘は今、大学の付属高校に通っており、その大学の農学部に進学することを希望しているが、親としては、卒業後の出口(業界や職種)が良くわからず不安である。」という旨の悩みを聞いた。そこで、まさしくその出口の具体例集とも言える『農芸化学分野のロールモデルたち』をお渡し、解説した。本ロールモデル集は、中高生にとっては読みこなすのが難しいレベルのものであるが、彼女達の保護者にとっては知りたい情報が凝縮した1冊であり、結婚・出産・子育てと、変遷するライフステージに合わせて働き方を変えてきた母親達が、我が娘の世代にはどんな道が、可能性があるのかをイメージする上で貴重な資料となる。本ロールモデル集がダウンロードできるサイト、および日本農芸化学会ジュニア会員についても案内したところ、大変喜んで頂けた。

サイエンスアドベンチャーⅡに続いて行われた“Gate Way”は、生徒達が、科学者・技術者・TA(理系の女子学部生・院生ボランティア)らと1対1で面談できるプログラムで、ここでも「農学」のテーブルが3台も用意されており、昨年との違いに驚いた。
 

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Gate Wayの会場にて

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Gate Wayにて、生徒と面談する杉本氏

理系に進学するか否かの分岐点となるのが、高校でのクラス分け(理系/文系)と、理科の科目選択(物理・化学/生物・化学)である。近年、数学と理科の進度が速い中高一貫校が増加し、本イベントに参加する生徒達も相当数がその様なカリキュラムで学んでいるようであるが、中高一貫校出身の杉本の経験が、ここでは大いに活かされた。

 夏学参加者の多くは、科学に興味があり、実験が好きである。そして、物理や数学に少々の苦手意識があるものの、食品や健康、環境問題、動植物を育てることに強い関心がある中高生は少なくはない。しかし、そんな生徒達に理系進学をためらわせる要因の1つが「理系なら、理科は物理・化学を選択した方が有利」という教員や学習塾からの指導ではないかと、夏学を含め、様々な理系進学支援事業に参加した経験から感じている。「理系なら物理・化学」という指導は、筆者が高校生の頃は当たり前であったが、いまだに行われていることを知った時は少々驚いた。そして、それが原因で理系進学を迷う声を何度も聞き、その都度、「生物選択でも受験できる学部はたくさんある。好きなことを諦めないで。」と話している。
 
物理が受験に必須の理工系学部は、理系において大きな定員割合を占めており、その受験機会を失わせない指導は、戦略としては正しいのかも知れない。しかし、「生物は好きだが物理は苦手」という決して少なくはない層の、理系進学の抑制につながる。医学、薬学、獣医など、卒業後の職種がイメージしやすい分野は志望学部を絞りやすく、理工系学部が受験できないことを不利に感じないかも知れない。しかし、「バイオ系の研究職に就きたい」「食品関連分野で働きたい」等、広いイメージで希望を持っている場合、学部の絞り込みは、理科の科目選択の時期より後になりがちである。

2015年、文部科学省と経済産業省が共同で農学分野の人材育成を重点課題に掲げ、2016年には「ノケジョ(農学系女子)」なる言葉も登場し、大学では「農学ブーム」が到来したと言われている。人材育成には、更により広く多くの若者に農芸化学の魅力を伝え続ける必要があるが、保護者や教員への働きかけも重要であることを今回痛感した。ロールモデル集の刊行やジュニア会員の新設等の日本農芸化学会の試みは、まさしくタイムリーで、かつ保護者や教員を惹きつけるものであり、これらの活動をもっと広く知らしめる必要があると感じた。

大阪府立大学
恩田真紀